そこまで来ている2025年問題!団塊の世代が青春時代を生きた【1960年代】をプレイバック

2025年問題

のーさん
のーさん

どうも。団塊Jr.世代の

のーさん(@nosan1031)です。

迫りくる2025年問題で話題沸騰中の『団塊の世代

あなたは団塊の世代が生きた1960年代の事を知っていますか?

30代<br>介護女子
30代
介護女子

1960年代って、約50~60年前でしょ?

親や祖父母の間くらいで面識ないし、よくわからない…。

団塊の世代とは、2021年現在で72歳~74歳の方々です。

ここ数年で後期高齢者となり、介護保険を利用する可能性もあります。

この記事を読んで1960年代の時代背景を知っておくと

・団塊の世代が介護サービスを利用した際に、話題に困らない。

・時代背景を知ることで、適切なアセスメントが出来る。

・昔話に花が咲き、利用者さんに好かれる。

というメリットがあります。

では早速1960年代について見ていきましょう!

1960年代をプレイバック

新・三種の神器

昭和レトロ、趣味」のブログ記事一覧(8ページ目)-marusei510のたわごと

1960年にカラーテレビが登場。

60年代半ばから所得水準が向上して車・クーラー・カラーテレビ3Cが普及しました。

首都高開通

2020年東京五輪のレガシーは「水素社会」――省エネ・再エネで環境先進都市めざす 【舛添都知事日記】 | 舛添要一レポート | 現代ビジネス [講談社]

昭和 37 年(1962 年)12月20日に首都高速1号線のうち京橋~芝浦間 4.5 ㎞が開通しました。

約60年の間に東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県にまたがる総延長301.3kmのネットワークに成長しています。

現在では 1 日約 100 万台以上の自動車が利用し、首都圏において欠かすことのできない交通インフラとなっています。

東京オリンピック開催

1964年東京オリンピックの閉会式 - Wikipedia

1964年東京オリンピックは、1964年(昭和39年)10月10日から10月24日までの15日間、東京で開かれた第18回オリンピック競技大会です。

1940年東京オリンピックの開催権を返上した日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、当時は「有色人種」国家における史上初のオリンピックという意義を持っています。

第二次世界大戦で敗戦したものの、その後急速な復活を遂げた新日本が再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持つ大会となりました。

フォークソングブーム

フォークソング時代。 | たぶん続かないだろうなぁw - 楽天ブログ

ボブ・ディランなどの歌手が登場しプロテストソングが人気に。

この影響を受けて日本でも若者の間でフォークソングが流行しました。

ビートルズ来日

ビートルズ来日50周年記念でオークション・イベントに注目 « オクトピ

1966年6月29日午前3時39分、ビートルズの4人を乗せた飛行機が東京・羽田空港に到着しました。

台風の影響により明け方の到着となりましたが、法被を羽織り笑顔でタラップを降りるビートルズの4人の姿が印象的です。

その歴史的瞬間は2016年公開の映画『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK』にも収められています。

そして、6月30日から7月2日の3日間、日本武道館にてのちに伝説となる来日コンサートを行い、翌3日の午前10時43分に日本を飛び立ちました。

ちなみに、前座は「8時だョ!全員集合」でお馴染みのザ・ドリフターズでした。

のっぽのサリー/ザ・ドリフターズ - 自己満的音楽生活ノススメ

アポロ11号月面着陸

月面着陸から50年、1号〜17号までアポロミッションを振り返る | Business Insider Japan

「これは一人の人間にとって小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」――。

人類で初めて月面に降り立った米国の宇宙飛行士、アームストロング船長の着地第一声です。

この年には「月面着陸をカラーで観よう!」のキャッチフレーズで、カラーテレビの生産が48倍にも及んだそうです。国民が歴史的瞬間を見ようとテレビの前で釘付けになっていたとか。

また、アポロ11号が「静かの海」から持ち帰った月の石の一部は1970年3月15日から6カ月間、183日にわたって開かれた日本万国博覧会(大阪万博70)のアメリカ館で展示され、万博全体の大きな目玉となりました。5時間待ち、3時間待ちなどと書かれたプラカードにひるむことなく人々は列をなしたのです。

あのころ>「月の石」を公開 大阪万博に先立ち東京で

ちなみに、明治製菓(現在は明治)は、1969年8月に「アポロチョコレート」を商品化し、発売50年を超えるロングセラーになっています。

宇宙ファンにはたまらないチョコ「アポロチョコ」が大ヒット!! | GB(ジービー)GB(ジービー)

代表的なファッション

・ミニスカートブーム

ヨーロッパ発のファッション ミニスカート大旋風! - 昭和の思い出ブログ

1965年(昭和40年)8月11日、帝人が日本で初めてのミニスカート「テイジンエル」を発売。
美空ひばりが、1967年にテレビの歌謡番組で『真赤な太陽』を初めてミニスカート姿で歌ったことも話題となり、1960年代後半ミニスカートが大流行しました。
この当時多くの女性のミニスカートはひざ丈よりやや短い程度でした。

・パンタロン

60年代のアメリカファッション!メンズはこんなスタイルが流行ってた!

長いズボンやパンツ類をさすフランス語であり、道化役者が穿いていたズボン・パンツが発祥と言われています。
日本では、1960年代後半から1970年前半にかけて裾広がりのベルボトムが大流行していました。その頃から「パンタロン」というフランス語が使われ始めたために、ベルボトム型のパンツを意味する言葉として使われたそうです。

・モッズスタイル

さらば青春の光。60年代に輝いたモッズとロッカーズ | おすすめ書籍 | nostos books ノストスブックス

60年代半ば、ビートルズから派生したイギリスでのグループサウンズのファッション。 音楽面での衝撃とともに、彼らが着ていたモッズファッションは、日本のメンズファッションにも大きな影響を与えました。
モッズと呼ばれたこのファッションの特徴は、長髪に船員帽、水玉や花柄など派手な柄でウエストを細くしたシャツ、股上の浅いスリムパンツ、幅広ネクタイ、そしてブーツなど。 こうしたスタイルは、日本ではグループサウンズファッションとして流行しました。

・ヒッピー族

ズートピアをヒッピー文化で読み解く|Achamoth|note

米国を中心にヒッピーが生まれたのもこの年代。ヒッピーは、伝統・制度などの既成概念、価値観に縛られた社会生活を否定することを信条とし、自然への回帰を提唱する人々の総称。1960年代後半に、おもにアメリカの若者の間で生まれたムーブメント。彼らは基本的に自然と愛と平和と芸術と自由を愛していると述べていました。日本ではフーテンと呼称された時期もありましたが、ファッションの観点からみると植物系の色とりどりの柄や頭のバンド等、根強い人気のあるジャンルとなったのです。

・みゆき族

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64年の5月頃から銀座のみゆき通りや並木通りに大勢の若者がたむろするようになり、みゆき通りにちなんで「みゆき族」と名づけられました。
ファッションの特徴は、男性は流行中のアイビー・ルックを少し崩したスタイル。女性はロングスカートのバックに共布のリボンベルトを結び、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶる。 そして男女ともに、大きな紙袋か麻袋をかばん代わりに抱えていました。
紙袋はVANが大人気で、こうした袋類以外ではショルダーバッグを持つパターンもありました。

・サイケ族

新宿に突如現れた「サイケ族」 - Middle Edge(ミドルエッジ)

1967年、新宿東口駅前広場に若者の集団が現れました。
仕事もせず、特に何をするでもない彼らのファッションは、ユニセックス、汚れたTシャツにジーンズ、素足にサンダル、ショルダーバッグ、そしてヘアースタイルはモッズ以上の長髪に無精ひげといったものでした。
元々ドラッグのイメージをファッションに落としたもので、当時流行ったヒッピーやフーテンと混じって呼ばれる事もありました。

流行したおもちゃ

・ダッコちゃん(1960年)

1960年に発売された空気で膨らませるソフトビニール人形の愛称。1960年7月に発売されて以降、若い女性を中心にブームの兆しが起こった。
ぶら下がる機能を活かしてこの人形を腕にぶら下げて歩く女性が時折見られるようになった。

日本の流行・ブーム総まとめ | 写真素材・ストックフォトのアフロ

・プラレール(1961年)

タカラトミーが発売・販売している鉄道玩具。
青いプラスチック製のレールの上を、単2乾電池または単3乾電池1本で走る3両編成の列車。
レールのサイズは50年たった現在も変わっていない。

もう還暦なのか……! 「プラレールの60年を振り返る企画展」が京都鉄道博物館で開催 3月9日から - ねとらぼ

・スリンキー(1962年)

ばね状に加工したシンプルな玩具であるが、非常にユニークな動きをするのが特徴。
階段から落とすと一段ごとにばねが伸縮し下りていく。

スリンキー - Wikipedia

・スーパーボール(1965年)

アメリカでWHAM-O社から発売され大ブームとなり、日本では同社と独占契約した国際貿易さんから180円で発売された。
スーパーボールの大きさは、ほぼ5cmで材質は車のタイヤなどを作るポリブタジエンラバー。

ヤフオク! -スーパーボール 昭和の中古品・新品・未使用品一覧

・ツイスター(1965年)

スピナーの指示に従ってマット上で出や足を動かして置いていき、最後までバランスを崩さずにいた者が勝利という遊び。男女が絡み合うような体勢になることがうけて大ヒットした。

昭和のヒット玩具のゲーム特集!これぞレトロ!楽し癒しの世界

・リカちゃん人形(1967年)

タカラ(現タカラトミー)製の着せ替え人形玩具。フルネームは香山リカ。
小学生という設定と、小さな女の子の手の平の中に収まる身長21cmという大きさと、当時流行していた少女漫画のヒロインのような顔立ちが受け大ヒットとなった。

1960s タカラ 初代リカちゃん人形 | ブリキのおもちゃ&アンティーク TOY GARAGE

・人生ゲーム(1968年)

“すごろく”式のゲームしか存在しなかった当時、”人生”というテーマ、自分を表すピンを刺した自動車型のコマ、ボード上の立体的な山や建物、ドル札を模したおもちゃの紙幣のやり取り、そしてなによりサイコロの代わりに回すルーレットは画期的なものとして受け入れられ、子供から大人まで夢中になる大ヒット商品となった。

こんなのあった!?『人生ゲーム』の変わりダネ商品の歴史と、50年愛され続ける理由 | Cocotame(ココタメ) – ソニーミュージックグループ

テレビ放送全盛期

1960年のカラーテレビ発売を皮切りに、数々の名作が生まれたのが1960年代。

1963年:鉄腕アトム

1965年:ジャングル大帝レオ、おばけのQ太郎

1966年:笑点、ウルトラマンシリーズ、おそ松くん、魔法使いサリー

1967年:パーマン、リボンの騎士

1968年:ゲゲゲの鬼太郎、巨人の星、怪物くん、妖怪人間ベム

1969年:サザエさん、ハクション大魔王、アタックNo.1、ひみつのアッコちゃん

週刊少年ジャンプ創刊

復刻版 週刊少年ジャンプ」発売 創刊号と653万部記録号 :「ハレンチ学園」も再び誌面で - ITmedia ビジネスオンライン

「週刊少年ジャンプ」は、1968年7月に月2回刊行の「少年ジャンプ」としてスタート。

1969年9月から週刊化され、コミックスの累計発行部数が1億部を超える大ヒット作を次々に生み出し少年漫画界を牽引してきました。

52年の歴史は控えめに言って凄いです!

ヒット商品(家電)

・電気蚊取り器『ベープ フマキラー』

ベープマット 本体の中古/未使用品を探そう! - メルカリ

1963年、10年余りの開発期間を経て世界初の電気蚊取り器『ベープ』が誕生。
『ベープ』は日本の住宅事情の変化に後押しされた形で、瞬く間に市場に浸透しました。

その他には『脱水乾燥洗濯機』『ターンテーブル式電子レンジ』前述の『カラーテレビ』が大流行したそうです。

ヒット商品(食品)

・丸美屋 『のりたま』

丸美屋 のりたま

1960年に丸美屋食品工業から販売されたふりかけ。
「面舵いっぱ~い、のりたまでいっぱ~い」というCMのキャッチコピーが人気を集めた。

・森永 『エンゼルパイ』

昭和のパッケージが可愛かった:森永エンゼルパイ いちご | 懐かしむん

1958年に発売し1961年から全国一斉発売を開始。エンゼルパイの最大の魅力は、何といってもチョコレートとマシュマロとビスケット、この3つのコンビネーションが生み出す独特の食感。まだ高級なイメージがあったマシュマロと創業当時から森永太一郎が力を注いだチョコレートで、森永の看板とまで言えるビスケットの組み合わせが人気となった。

・明治製菓 『アーモンドチョコレート』

チョコレート「明治チョコボール アーモンド」1962年 - お菓子の包装パッケージ | MUUSEO

1962年から明治製菓が発売しているアーモンド入りのチョコレート。
発売当初は「明治チョコボールアーモンド」という商品名で「カリッ!歯ざわりもよろしいようで」というキャッチコピーで売り出しました。

・日清 『焼きそば』

世界初の袋麺の焼きそば「日清焼そば」が大ヒット!! | GB(ジービー)GB(ジービー)

1963年7月に登場した「日清焼そば」。フライパンに入れて水を注ぎ、添付のソース味粉末をかけて、箸でかき混ぜながら水を蒸発させれば出来上がり!
屋台のような焼きそばがお手軽に食べられるとあって発売されたとたんに完売続出だったそう。

・カルビー 『かっぱえびせん』

かっぱえびせんは、カルビーが製造している小麦粉とエビを主原料とするスナック菓子。
1964年に発売され「やめられない、とまらない」というキャッチコピーで人気商品となりました。

・大塚製薬 『オロナミンCドリンク』

飲んだ後に必ずおしっこが黄色くなるという不思議な現象「オロナミンCドリンク」が大ヒット!! | GB(ジービー)GB(ジービー)

オロナミンCドリンクは、大塚化学が製造、大塚製薬が販売している炭酸飲料で、1965年2月に販売が開始されました。
ガラス製の瓶入りで当時は王冠型のキャップが使用され、内容量は120㎖でした。

・グリコ 『ポッキー』

ポッキー」懐かしの歴代パッケージを紹介します。 | 【公式】江崎グリコ(Glico)
発売当初は別名だった! 愛されて50年「ポッキーの秘密」5 | 女性自身

ポッキーは、江崎グリコが1966年(昭和41年)から発売しているスナック菓子。
開発時の仮称は「チョコテック」であったが、この名を他社が商標登録していたため、細めの棒状の物が折れるときの日本語における擬音語の一つ「ポッキン (pokkin)」をもじった「ポッキー (Pokky)」に改めたのだとか。

・サンヨー食品 『サッポロ一番』

発展のあゆみ | サンヨー食品

1966年1月サンヨー食品株式会社が『サッポロ一番しょうゆ味』を発売。
その後1968年に味噌ラーメン、1971年に塩ラーメンを発売しました。
サッポロ一番ブランドは、当時の社長が全国のラーメンを食べ歩き、札幌ラーメンに感銘を受けたことに由来しているそうです。

・明治 『カール』

明治製菓 カール ニッポン・ロングセラー考 - COMZINE by nttコムウェア

カールは、株式会社明治が1968年から発売している日本初のスナック菓子。
名称は昭和30年代に流行した玩具「カール人形」から採用された。
トウモロコシを原料とした親指大のノンフライスナック菓子で、サクサクとした軽い食感が特徴です。

最後に

1960年代の旅は如何だったでしょう?

今では定番となっているモノが発明・発売された画期的な時代だったんですね。

私自身、この時代を生きた方々がこれから利用者さんになる事を、全く想像できていませんでした。

介護施設で流すBGMや話題の中心も、1960年代になっていくんでしょうね。

ここ10年~20年の高齢者という概念(イメージ)が覆されていく中、私たち介護職も順応していく必要があります。

2025年問題に向けて、心の準備をしていきたいですね♪

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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